トイレ作法、未開の地

イギリスの人類学者コリン・ターンブルは東アフリカのイク族を調査したとき、トイレ作法に苦労した。イク族は集落の一定の場所を、青空トイレにしている。彼らは排泄中を見られても恥ずかしがることがないのだ。

ところがターンプルは、毎朝、イク族と一緒にズボンを下げるのは、イギリス人的慎みが許さない。そこで30分かけて岩山に登り、こっそりズボンを下ろした。すると、岩陰からイク族がひょっこり顔を出して、 「こんにちは」そしてゲラゲラと笑う。イク族には、こっそり隠れてウンコするイギリス人がおかしかったのだ。

タンザニアを調査した人類学者の和崎洋一氏も、トイレの習慣の違いに苦労した。和崎氏は10キロも離れた場所まで赴いて孤独な用事を済ませたそうだ。この場合は、持ち込んだオートバイを駆使して、孤独になれる場所を探した。10キロ離れたトイレは世界記録だろう。人類学者といえども、トイレ作法の違いには中々順応できないらしい。

ところで、森や林の中で、こっそり用を足す民族も多い。それを証言しているのが、女性1人で中央アフリカを旅行した桂ユキ氏である。彼女は、狩猟のために原住民と3日間旅をしたが、彼らの立ち小便さえ一度も見なかった。森の中でこっそり済ましていたのである。旅人の前で放尿する行為を不作法とする民族も多いらしい。

桂氏は、中央アフリカを旅行中に「ついぞ排泄物そのものを目にしたことがなかった」と感心していう。藪の中や木の下にコッソリ用を足すので、自然が処理してくれて、集落の周囲は極めて衛生的なのである。

同じことを人類学者の杉山幸丸氏も西アフリカの調査で証言している。杉山氏の滞在したボッソウ村の家にはトイレがない。村の人々は、森の中や畑に行く道の途中で用を足すので、村の中は極めて清潔だった。

文明社会といわれるほうが、トイレは無秩序で不作法になるらしい。杉山氏も森の中で用を足したが、自分のウンコの上に、枯れ葉や土をかけて隠した。村の人達が用を足したままで、見苦しいからだ。ところが、ウンコを隠してないほうが、早く昆虫の糞ころがしがやってきて処理してくれる。枯れ葉で隠すのは余計なことだった。

トイレを我慢する方法ってどんなものがあるのか?

アウトドアに役立つ200のサバイバル術

— posted by ミケ at 01:02 am  

トイレ使用の世界珍作法

男女さかさま

紀元前五世紀に古代エジプトを旅したギリシヤの歴史家ヘロドトスは、エジプト人が街頭で排泄行為をするのに驚いた。それだけでなく、「小便を女は立ってし、男はしゃがんでする」と、男女ひっくりかえったような小便スタイルにも仰天した。

ところが、これはそれほど珍しいことでもない。現代でも同じ法則の人々がいる。ニカウさんでおなじみの、アフリカはカラハリ砂漠の部族が、古代エジプトと同じ習慣。その部族の女は、立ったまま少々前かがみになって放尿する。女の立ち小便だが、男はしゃがんで放尿する。

「それが決まりだ」とは彼らの弁。女は立って、男はしゃがんで、が彼ら流の放尿作法!しかも、カラハリ砂漠だから放尿中に遮蔽物もない。戸外でおおらかに放尿する古代エジプト人と同じである。

ウルトラC歩きウンコの秘術

ニューギニア奥地のジャングル地帯。ここにはいまだに石器時代に近い生活を送っている人々がいる。この地に調査に入った西丸震哉氏は「探検家のやじうま見聞録」に、ニューギュア流の奇妙なトイレ作法を紹介している。

この地の人々は、腰蓑(こしみの)1つの裸族だが、礼儀正しく、人前では脱糞はもちろん小便もしない。周囲に広がるジャングルに入ってひそかに用を足す。しかも30秒程度でジャングルから出てくる、早糞である。

ジャングルの中は、うっそうとした樹木が生い茂り、のんびりしゃがんでいたら、たちまち足下からヒルが這い上がってくる。その数、平均して5秒に1匹だから、一瞬たりともしゃがんでなどいられない。

それではどうやるのか?実は歩きながらの放尿、脱糞!糞のほうは、ガニ股に歩いて出すのだろうが、ホクホクあるいはジャージャーと歩いて済ませる。これがニューギェア流の歩きウンコの秘術だ。ヒルの多い密林という風土が生み出したトイレ術である。

同じ流儀が現代文明の中心地アメリカでも昔は見られた。明治時代、アメリカのミシガン州立農学校の寄宿舎で南方熊楠が目撃している。

この寄宿舎、冬の寒さが厳しくて、トイレまで遠い。そこで学生は、寒い夜はもっぱら歩きウンコ。同宿の村田源三は、さすがメリケンは実用的であると感心して、さかんに秘術を練習したという。風土によってスタイルも工夫する。さすが人間は文化的動物である。

結婚式の贈り物は便器

便器が贈り物にもてはやされた時代がある。それが18世紀のヨーロッパ。モーツァルトやカサノバが生きていた時代だ。1768年、フランスのド・デファン侯爵夫人は、ド・ショワズ夫人から溲瓶(しびん)をプレゼントされた。そのお礼の手紙には次のように書かれている。
親愛なるおばあさま。昨朝、私のベッドにあなたさまからといって、大きな包みが届けられたとき、私の驚きがどのようであったか・・・。私はそれ(包み)に手を差し入れ、エンドウ豆を見つけました。それから1つの瓶-「溲瓶だ」と私は大急ぎでそれを引き出したのです。でも、とても美しく立派なので、家の者たちは口を揃えて、「ぜひともソース入れにしなくては」といったほどでした。渡瓶は昨日は一晩中人目を引き、皆の賛美の的でした。
と、溲瓶のプレゼントに大喜びし、家中の召使いにまで見せびらかした。ついでに溲瓶の中に詰めてあったエンドウ豆についても、「エンドウ豆のほうも1つ残さず食べました」高貴な名流婦人の間で、こういうプレゼントがやり取りされていた。

一般の市民の間では、寝室用便器が結婚式の贈り物になった。こちらは新郎新婦に贈られたもので、便器の底には、絵や文句が書いてあって、たとえば、うっとりと目をみはっている男や女の顔とともに、「おお見えるぞ!」という文句があったりする。

これは上品なほうで、便器の底にこうあるのも「忠告。あなたの嫁さんには、私(寝室用便器)に当てはまることを、そのまま規則にせよ。晩はあなたが寝る前に、朝はあなたが起きる前に。そうすれば、あなた方は幸せな夫婦になれる」「たとえあなたが、夜中に何度手をお出しになっても、不平をいわないあなたの寝室用便器のように、私もじっとお待ちしております・・・女房」意味はじっくりお考えください。

ベルサイユ宮殿のトイレ事情

— posted by ミケ at 10:45 pm  

トイレ後始末(あとしまつ)あれこれ

日本人の多くは、世界中の人が日本と同じように、トイレット・ペーパーを使っていると思っているが、世界の総人口の3分の2がトイレット・ペーパーを使っていない。では用便後はどうしているのか? 世界の実状をのぞいてみると・・・。

まず一番シンプルなのが、指と水。インドやインドネシア、タイで多い。左の手の指で拭くので、タイの大学の卒業式では卒業証書を国王は両手で渡すのに、学生は右手一本で受け取るのが礼儀。次が、指と砂。サウジアラビアなどの砂漠地帯の砂は非常に細かいので、痛くないし、乾燥しているので尻についた砂もすぐ落ちる。

石というのも結構多い。エジプトなどでは適当な小石を拾ってポケットに入れて冷やしておく。いざというとき、拾ってすぐの小石では火傷をしてしまうからだ。

アメリカのコーン・ペルト地帯では、とうもろこしのヒゲを使う。葉っぱというのも捨てがたい。イチジクの葉は痔にもよいとされ、日本でも多く使われていた。

ロープを使うのは、中国(黄土地帯)とアフリカ諸国(サバンナ地帯)。中国式は崖の縁に穴を掘り、崖下で飼っている豚に糞尿が流れるようにしておく。流れてきた糞尿は豚の餌となり、豚は太ってゆく。そこには3本のロープがぶらさがっており、その1本につかまりながら用便を済ませるのだが、終わったら残っているロープで拭く。次の人が使用するときに困りそうだが、空気が乾燥していてすぐ乾くので心配ない。

一方のアフリカ式は川上と川下に旛を打ち、ロープを渡しておく。そのロープにつかまりながら川上のほうを向き、川の流れにのせて思いきり出した後は、川下に向かってロープにまたがりながら歩く。文字通りの水洗トイレである。ロープについた糞は魚がきれいに食べてくれる。その魚をとって人間がおいしくいただく。これこそ自然の食物連鎖!

木片、竹ベラもある。ネパールでは樹皮も使用している。インダス文明最大のモヘンジョダロの都市遺跡から発掘された三角形で角に丸みをつけた土製の板がある。最近まで、これは神様に捧げるビスケットの模造品と思われ、「クレイ・ケーキ」とおいしそうな名前で呼ばれていたが、実はこれで糞を拭くということがわかった。土でできているので石のように熱くならないのがミソ。

世界のトイレ情報
各国語での「トイレ はどこですか」という表現と各国のトイレの写真を紹介しています。

— posted by ミケ at 12:40 am  

トイレのヘンな言い回し

千葉県の幕張メッセで、会場の案内をするコンパニオンに、客が尋ねた。

「ゴフはどこですか」

「はあ?」

この人、御不浄(ごふじょう)を略してゴフといったから通じない。そこで正しく、

「ゴフジョウどこですか?」

「ゴルフ場ですか? ゴルフ場はこちらには・・・」

そこで他のコンパニオンが助け船を出し、

「ああ、お手洗いのことでございますか、お手洗いは・・・」

便所、トイレの名称を、なるべく遠回しにいうという苦労は、今昔、洋の東西を問わない。外国に旅すると、習慣がわからないので苦労はもっと増える。クロレラ研究で知られる中村浩博士は、ある日、ドイツ人の若い男女と一緒にアウトバーンを走ったが、途中で小便がしたくなった。

ガソリンスタンドで用を足そうと思うが、スタンドもない。同乗の若い女性の手前、率直に「小便したい」ともいえないので、運転している青
年に遠回しにいった。

「ガソリンスタンドはまだか?」

運転手君は大きくうなずいて、

「ガソリンは十分あります」

ガックリ・・・やがて同乗の若い女性が、

「私、散歩がしたくなったわ」

高速道路で何が散歩だ・・・と中村博士、心中穏やかではない。が、これがトイレのサイン。アウトバーンでは、沿道の森陰に入って、用を足すのが当たり前だった。裸で生活している西アフリカのバングエ族も、

「トイレどこ?」

とはいわない。

「村長さんのお宅へ行く道はどこですか?」

これがトイレの場所を聞く言葉。

「私が追われたときの逃げ場所を教えてくれ」

ともいう。トイレに立つときは、

「罠を見回ってくる」

「薪を取りに走っていかなければならない」

ともいう。あるときバングエ族が、

「薪を取りに走っていかなければ・・・」

とエレガントに白人にいうと、

「薪は十分にある。行くことないよ」

そのバングエ族曰く、

「白人は野蛮だ」

トイレを遠回しにいうのは人類共通のエチケットなのかもしれない。

— posted by ミケ at 01:26 am  

世界のトイレの呼び名

世界各国、トイレの呼び方は実にさまざま。なるほどと唸らせるものから、へーっと驚くものまで、あるもんですねえイロイロと。まずは日本から。

古くは厠(かわや)が幅広く使われていたが(正しくは川屋)、樋殿(ひどの)、閑所(かんじよ、かんぜ)、隠所(いんじよ)、装物所(よそものどころ。更衣室の意味。トイレにいくと臭くなるので、貴人はそのたびに着物を着替えたことから)。

粋なものでは、高野山(こうやさん)。これは山に入って髪(紙)を落とすというシャレから。江戸時代以降は雪隠(せっちん)、手洗い、手水(ちょうず)、はばかり、御不浄(ごふじょう)、化粧室、トイレとなってきた。

トイレには鬼がいるという言い習わしがあり、鬼を退治したといわれる渡辺綱(つな)からか、渡辺とも呼ばれる。「渡辺はどこだ?」なんて探されても、全国の渡辺さんには迷惑なことかもしれない。

フランスでは、古くは、「穴あきいす」「排水いす」「エスカルゴ」、家具辞典をつくって有名なフランスのハーバードは「例の香りの家具」と呼んだとか。

イギリスやアメリカでは、「ぶらぶらする社交室」「詩人の座」「休憩室」。確かに腰掛け式のトイレで一人っきりになれば、ゆっくりと休めること請け合いだ。公衆トイレはなにやらスーパー・マーケットのように、「コンビニエンス」「室番ゼロ(ホテルなど)」というのもある。

ドイツは、「0号室」。ドイツのホテルではトイレに0と表示してある。イタリアは「みだしなみの部屋」「サービス」など。

あるわあるわ、世界中あわせたら一体いくつの呼び方があるかわからないくらい多い。どれもこれも隠語だったものだが、使い古されて隠語としての意味をなさなくなって、次から次へと新しい隠語が誕生した結果である。

— posted by ミケ at 11:12 pm