現在、厚生年金や共済年金を受給している人、あるいはこれから受給する人も安泰ではないということです。厚生労働省が2005年4月に導入した「マクロ経済スライド」という仕組みによって日本の年金制度ではインフレに応じて年金受給額を上げなくてもいいことになりました。
簡単にいうと2005年度以前の公的年金では物価の上昇にスライドさせる「物価スライド制」を採用していましたが、年金加入者の増加や平均寿命の延び、少子化による経済の低迷など複数の要素を考慮に入れて年金の給付金を決定する「マクロ経済スライド方式」になったのです。物価の上昇率だけでなく、年金受給者が増えたり、年金加入者が減少した場合など、さまざまな要因を参考に年金の給付額を決めていこうというわけです。
今後は少子高齢化で年金をもらう人はどんどん増えていきますが、逆に年金制度に入ってくる加入者は増えません。欧米のように外国人の労働者を取り入れればいいのですが、日本ではそれも難しそうです。いずれにしても日本の年金制度は今後、インフレになっても年金受給額は基本的に増えないと考えるべきでしょう。たまたま現在は100年に一度の経済危機から回復する時期に当たっており、物価が下落する「デフレ」になっていますが、こんな状態がいつまでも続くものではありません。
しかも、厚生労働省のシミュレーションによると、これから年金を受給しはじめる人は65歳時点の受給開始時点では、現役世代の平均的な所得の約50%程度を受取ることができますが、その後は現役世代の所得の50%に満たない水準になると発表しています。つまり年金収入しかない人は「相対的貧困層」の対象になってしまうということです。
こうした現役の平均年収に対して、年金世代の人がどの程度の年金額をもらうことができるかを示す年金の専門用語を「所得代替率」といいます。簡単にいえば現役世代と年金受給世代の収入の「格差」のことで、現役世代のボーナスを含めた手取り所得に対して、年金額がどの程度給付されるのかを示す言葉ですが、マクロ経済スライドを導入したことで、この所得代替率がどんどん減少していくことが予想され、実際に1946年生まれの人の年金は厚生労働省の試算では現役世代の平均収入にくらべて次のように年数を経過するごとに大きく目減りしていくことがわかります。()内の上は標準的な年金額、下は現役男子の平均賃金です。
・2011年(65歳)……58.1%(24万9,000円、42万8,000円)
・2016年(70歳)……51.4%(25万円、48万6,000円)
・2021年(75歳)……46.4%(25万5,000円、54万8,000円)
・2026年(80歳)……42.2%(26万2,000円、62万円)
・2031年(85歳)……41.3%(29万円、70万1,000円)
1946年生まれの人の厚生年金は、もらい始める65歳をピークにして現役世代の平均賃金と比較して実質的に大きく乖離していくことになります。このデータは厚生労働省が2006年に「暫定試算」として発表した数値です。この所得代替率は現役男子の「平均賃金」と「厚生年金の標準的な年金額(夫婦2人の基礎年金を含む)」を比較したもので、2031年の41.3%というのは、31年の時点の現役男子の平均賃金と比較した数値になっています。
試算の前提は2012年度以降の物価上昇率を年率1.0%、賃金上昇率年率2.5%、年金の運用利回りを年率4.1%で推移したものとして計算してあります。運用利回り4.1%という数値は現在の超低金利から考えると、かなりかけ離れている数値ですし、何よりも年齢を重ねていくに従って現役世代の平均賃金と大きく乖離して年金世代は貧困層になっていくため、この暫定試算はその後、きちんとした数値が出てきませんでした。まずいデータには蓋をしてしまったというところでしょうか。つまり、よくいわれる「今後は年金では食べていけない」ということは、こういうことなのです。
もともと自民党政権では年金世代の収入の基準を現役世代の「50%以上」にすると約束してきました。しかし、実際には生涯ずっと50%以上になるのではなく「65歳時点での年金支給額」が50%以上になることを約束しているだけで、それ以降は5割を大きく割り込んでしまいます。しかも、この50%の約束は夫婦二人、専業主婦世帯の「標準世帯」だけで独身世帯とか共働きといった、それ以外の世帯のスタイルでは軒並み50%を大きく割り込んでしまいます。
現在65歳の標準的(モデル)世帯の所得代替率は現役世代100%に対して59.3%ですが、これが2025年度に65歳になる人(2008年現在48歳の人)は、その人の世帯のスタイルによって次のような給付水準になってしまいます(厚生労働省試算)。
・モデル世帯(専業主婦世帯)・・・50.2%
・40年共働き夫婦・・・39.3%
・男性、独身(40年の加入期間)・・・36.0%
・女性、独身(40年の加入期間)・・・44.7%
現役世代の平均収入の4割前後ということになりますが、特に厳しいのが独身男性の場合です。現役世代の36・0%しかありません。あくまでも現役世代との比較なので独身女性よりも大きな格差が出てしまう、ということのようです。ちなみに、モデル世帯の50.2%も65歳時の年金支給額だけで、それ以後はズルズルと下落していくことが予想されます。
OECD(経済協力開発機構)が定義した「相対的貧困層」を紹介しましたが、OECDが2008年に公表した「Pensions at a Glance 2007」によると、平均収入のある男性の現役時収入に対する「年金平均給付額」の比率は次のようになります。日本がいかに悲惨な状態かわかるはずです。
・100%以上・・・ギリシャ(110.1%)
・90%以上・・・オランダ(96.8%)、オーストリア(90.9%)
・80%以上・・・デンマーク(86.7%)、スペイン(84.5%)
・70%以上・・・イタリア(77.9%)、韓国(71.8%)
・60%以上・・・ポルトガル(69.2%)、スイス(64.3%)、スウェーデン(64.0%)、フランス(63.1%)
・50%以上・・・ドイツ(58.0%)、カナダ(57.4%)、オーストラリア(56.4%)、米国(52.4%)
・40%以上・・・ニュージーランド(41.7%)、英国(41.1%)
・40%未満・・・日本(39.2%)、メキシコ(38.3%)